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風の吹くまま 気の向くまま

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熊本城本丸御殿

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いよいよ本丸御殿に入ります

本丸御殿の手前にある大きな大きな木は、銀杏です
この大銀杏は「加藤清正が築造の際に御手植えになったと伝えられ、また清正が亡くなる時に、この銀杏の木が天守閣と同じ高さとなった時に、何か異変が起こるであろうと予言し、それが奇しくも西南戦争の時であったと言われています。」そして、西南戦争で燃えた後に芽吹いた脇芽が成長したもので、130年余でこれだけの大きさに成長したンだとか

この木により、熊本城は別名『銀杏城』とも呼ばれているとか…知りませんでした

本丸御殿内へは、靴を脱いで入ります
先ずは、大御台所から上がり、大広間の横、縁側を歩いて…
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大広間の奥にある若松之間
「藩主の居室で、藩主が家臣と接見する時に使用されたお部屋で、若い松が描かれた障壁画で囲まれています。当時の資料を基に、狩野派のものとされる松の絵を現代に復元しました。」

そして、昭君之間
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「本丸御殿の中で、最も格式の高い部屋で、慶長期の特色である鉤上段を設け、室内は床の間や違棚、付書院などを持つ書院造となっています。」

昭君之間には、加藤清正が豊臣家に万一の事があった場合、熊本城に秀頼を迎え入れるために造ったという言い伝えがあるそうです

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「壁や襖などには、中国の前漢の時代の話で、匈奴(くぬ:現在のモンゴル)に嫁がされた悲劇の美女、王翔君の物語が描かれています。」

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天井には、四季折々の草花が描かれています
藩主の会見の場なので、荘厳ですね


「1610年(慶長15年)から、通路に因って南北に分断されていた本丸に、通路を跨ぐ形で御殿の建設が行われた。これにより天守に上がるには、本丸御殿の地下通路を通らなければいけないようになった。」
本当に暗い長い通路を通ってってから見上げる熊本城に、おぉ~!ってなります
こういう暗い通路を通らないと入れないお城って、とても珍しいと思います
ちょっとアトラクションぽい

大御台所にあった組木です
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「建物を支える上で、柱と梁の継手・仕口はとても重要なものです。模型は建物の中央部を通る敷梁と二重の小屋梁、柱が組み合わさった複雑な木組みを再現しています。この納まりは天井裏で使われており、実際には見えませんが、大御台所の吹き抜け部分にて類似した継手・仕口を見る事が出来ます。」
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上に持ち上げると簡単に外れるンですが、横に引いてもズレない絶妙なバランスで組み合わされてます
先人の知恵は凄い!と思わせされる組木です

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コチラは「腰掛鎌継ぎ」という組木

家老之間の襖絵
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130794.jpg 丹頂鶴は目を惹きました

他にも
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130798.jpg 狩野派の復元かな???紫陽花が素敵♪♪♪


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襖の引き手

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加藤家の桔梗紋と、細川家の桐紋かな?秀吉との繋がりかな?2つの紋が施されてました

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コチラの釘隠しには、桔梗紋と桐紋、そして朝廷からの菊紋が施されていていました


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本丸御殿から観た天守閣です

観に来られて良かったぁ~!(^-^)



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